ご近所の期待

 資産家に相続が起きると周囲の人たちは色めき立ち、ゲナゲナ話が始まる。「遺産争い」を期待しているのである。それもできるだけ派手にやってもらいたい。テレビのワイドショーを見て楽しむ気分だ。「遺産争い」でつかみ合いの喧嘩を始めようものなら、ご近所は大喜びだ。


 「放送局」とあだ名されているおばさんが、あることないこと言いふらして回る。こういうときのおばさんたちの情報ネットワークは目を見張るものがある。インターネットより凄い伝播力だ。田舎の喫茶店がおばさんたちの情報交換の場である。


 「あそこの出戻りの娘さんは欲がふきゃー(深い)で、あれも欲しい、これも欲しいって言っとりゃーすがね。ちょっと〜」「跡取りの長男さんがぼぉ〜っとしとりゃーすで、嫁さんがかやーそう(可哀相)だわ」 「出戻りの娘さんと長男の嫁さん、つかみ合いの喧嘩だがね」「二人とも気がつえー(強い)で、トラとライオンの喧嘩みてゃーだわ。ギャハハハ」と盛り上がっている。


 しかし、ご近所の期待をよそにほとんどの遺産分けは淡々とすすんでいく。みんなが期待しているほどには、遺産争いは起こらない。


 私は15年間、相続税の申告の仕事をしているが、その間、申告期限までに遺産分けが決まらず、未分割のまま申告をしたのは2件しかない。取っ組み合いの喧嘩を目の当たりにしたのは1回だけである。