禁錮20日目

 朝5時起床。晴れ。
 
 いよいよ、明日が釈放である。今日は宅配便として送り返すために、荷物を整理。段ボールに一杯詰め込んだ本。仕事以外の本はすべて読んでしまった。


 静養院、ここは良かった。初日、老朽化した建物と設備を見て愕然としたが、義務的な日課はなかったし、干渉されることもなかった、ほったらかしにしておいてくれたのが何よりも良かった。内省の時間がたっぷり持てた。私の性分にぴったりであった。いよいよ明日で釈放となると名残惜しい気持ちになる。本断食は毎年やろう。そして、ここ静養院に来よう。
 
 断食を振り返ってみると苦行でも何でもなかった。心身共に爽快になった。心身をリラックスするための秘術・秘法を手にした気分である。当初より思っていたとおり「人は食べなくても生きられる」ということを自分のからだを通して確信を持てたことがなによりの収穫であった。「食べない歓び」というのもまた格別だ。
 
 「人は食べなくては生きられない」としか考えられない人は断食をすべきではない。そんな人にとっては断食は苦行でしかないし、効果もない、下手をすると死ぬ。私が断食に入る前に、断食で死んだ人がいるというニュースが新聞で報道された。私には断食で死ぬなんてあり得ないと思うが。死ぬ人は死ぬ。心の持ち方ひとつだからだ。
 
 断食道場の参加者の多くが若者だ。彼らは淡々と楽しんでやっている。苦行という雰囲気はない。リクレーションのひとつである。私は断食は極めて質の高いリクレーションだと思う。